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さふいふものに 私はなりたい
2021/02/21

どうもこんにちは、堀金です。
さて今回のブログ、挑戦ですw
と、言いますのも「叩かれてもおかしくないな」とw
タイトルは宮沢賢治の「アメニモマケズ」の最後のフレーズですが、今日は賢治は無関係ですw
そしてトップ画像のような怖い人になりたいわけでもありませんw
トップの画像、今、結構勢いのあるアーティストさんの楽曲のサムネイルなんですけど
ご存知ですか?「Ado」さんっていう女子高生シンガー。
え、女子高生!?って、最初聞いた時はびっくりしました。
10代で出せるもんなんだ…この深み…と、度肝を抜かれたのです。
曲名は「うっせぇわ」。
歌っている内容について、ご存知の方は言うに及ばず。
まぁ、「いい子ちゃん」が聞く歌ではないですねw
あ、ご存知ない方は覚えておいてください。
僕は「清濁併せ呑む生き方」が好みですw
生徒に「俺、これ結構好きなんだよね」って言ったら意外そうな顔をされましたw
セリフとして言われたわけではないですが
「先生がこういうの好きって言っていいんですか」とでも言いたげだったかなぁw
そう思われても不思議ではない曲かな、とは思います。
なんだろう、端的に言うなら
《「これが正しい」と押し付けてくる年上の世代、あるいは社会に対して、若者代表として思いの丈を叫び散らしている曲》
と言えるかもしれません。
あくまで、堀金の解釈ですがw(気になったら聞いてみてくださいw)
はじめに聞いた時には「あー、今の若い子はこういうの好きなんだぁ…」と。
それこそ、つまらない大人の代表格みたいな感想もあったんですが
それ以上に、引き込まれました。
「今の子はこういうのに共感する、ってことはそれが現代人の本質をつかむ上で重要だ」と感じたからです。
そこに目を向けないと、「自分が信じる〝よかれ〟と思うこと」を伝えている相手が
内心では「うっせぇわ」と思いながら聞いている可能性に気づけない。
これは、教育者として致命的なんじゃないかと思う。
もちろん、信念はなきゃいけない。
でもそれが、相手にとっての押し付けになってしまったら、それは自己満足に過ぎない。
思うように受け取ってくれない相手に
「親切で言ってるのに」とか
「聞いてくれないなら仕方がないね」と
《悪いのは聞く耳持たない相手である》と、被害者面をするのも、職務怠慢だと思ってしまう。
まぁ、そう思うであろう人には伝えないんですけどね、僕はw
(本日一番の問題発言はこれかもしれないw)
これも一つの、聡明叡智(耳が聡く、目が明らかで、物事に深く精通していること)だと僕は思っています。
そんなことを考えながら聞いてますが
やっぱね、歌っている内容は「若いな」とは思います。
ただ、単純な「若さ」ではないですね。
メタ目線というか…「若い、青いことである」という認識を持った上で歌われている。
だから引き込まれるのかなぁ。
つい先日リリースした「ギラギラ」っていう曲も、素敵なんです。
気にいる箇所は、俺の中では「うっせぇわ」と同じかな。
「若い」。
その若さが、愛おしい。
もしかしたらそれは、かつて自分にあった若さへの憧憬(あるいは、その若さを押し殺してしまったことへの後悔)
なのかもしれませんけど
でもこれを言語化してる俺も大概に若いなぁ、なんてw
行き帰りの車の中でヘビーローテーション&大熱唱してますw
四捨五入したらアラフォーですけど!
もうすぐ子ども産まれそうだし!
つまんないパパにはならないもんね!!
ギラついて生きていこうと思いますw